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「私たちが生きている間には起こらない」という表現があります。不治の病の治療や恒星間旅行、寿命の延長など、人類の最も野心的な希望や夢に関する議論では、しばしばこの表現が用いられます。しかし最近、一部の科学者は、かつてないペースで技術が進歩することで、近い将来、人工知能が自律的に進化を遂げるようになる「シンギュラリティ(Singularity)」に到達する可能性があると述べています。

そうした科学者の1人である神戸大学の松田卓也名誉教授は、シンギュラリティは近い将来に起こるだけでなく、止めることはできないという考えを示しました。さらに、十分な資金があれば日本は認知強化装置を使って欧米諸国よりも早くシンギュラリティに達する可能性すらあるとしています。先月の講義では、シンギュラリティ後の人類の日常生活について古代文明を引き合いに出して説明しました。古代ギリシャやローマでは、豊富な奴隷労働力によって1万人の市民が研究、スポーツ、娯楽などに自由に時間を使うことができました。ロボットがあらゆる労働を行う未来社会でも同じことが起こり、雇用制度や生計を立てるという概念をも脅かす可能性があるというのです。

人工知能が人類の新時代を拓くと考えているのは、松田名誉教授だけではありません。一方で、警鐘を鳴らす影響力のある声も存在します。 スティーヴン・ホーキング氏とイーロン・マスク氏は、技術の進歩は現在地球のためになっているものの、制御不可能な人工知能がもたらす脅威は人類の歴史上で最大のものになり得ると述べています。最近のジャパンタイムズの記事では、商業のない社会という理想郷の恩恵を受ける前に、人間の仕事を容易にこなせる知性を持った機械が増加することで大量の失業者が生まれ、軋轢が拡がる可能性があると警告しています。このシナリオは、工場において生産工程の自動化が作業員の職を奪うという状況を拡大したようなものと言えるでしょう。

一方、進歩のペースが鈍化していることを指摘する懐疑的な声もあります。ムーアの法則はコンピューターの性能が2年ごとに倍増するとしていますが、この説はトランジスタの小型化の限界による脅威にさらされています。最近Natureに掲載された論文でも、人類は最新の技術で現在達成できる寿命の限界に達しようとしているとされています。しかし、技術の進歩が壁に突き当たっていると思われる分野もある一方で、人工知能と神経科学の分野では著しい進歩が見られています。今年だけでも囲碁と将棋における人間の王者がコンピューターに敗北を喫しました。先月には、Frontiers in Neuroscienceに、複雑な脳活動を文字に変換することができるとする総説が掲載されました。これは、閉じ込め症候群の患者にとって希望を与える進歩であるだけでなく、人工知能の発展においても欠かせない前進です。

人工知能の進化へ向けて、各政府も目標を定めています。EUのヒューマン・ブレイン・プロジェクトは、2023年までにコンピューターを使用して人間の脳の働きを模倣することを目指し、経費は1600億円以上に上ると予想されています。人間の複雑な脳機能の解明を目指すもう1つのプロジェクトであるアメリカのBRAINイニシアティブは、2年間で多数の神経科学のブレイクスルーを達成したため、10月に投資額を1億5000万ドルに倍増しました。これらのイニシアティブやその他の最近の進展が脳活動の正確な追跡を可能にする中、今後20年間で人工の人間の脳を作り出すという展望が現実味を帯びてきました。この場合、コンピューターが自分自身を設計し始めるシンギュラリティは2045年までに起こると予想されます。

松田名誉教授らの主張が正しく、新たに出現する人工知能が人類の助けになるのなら、私たちが生きている間に起こる新たな発見についてこれ以上懸念する必要はないのかもしれません。それどころか、いつまで生きていられるのかについてさえ、もう心配しなくてもよくなるのかもしれません。