科学界では熾烈な競争が繰り広げられており、政界と同様、一筋縄ではいかない世界です。高インパクト誌に論文を発表することへの強烈なプレッシャー、優位性をめぐる激しい争い、過熱する研究費獲得競争、科学界内で飛び交う白熱した議論の応酬。これらは研究者のキャリアや生活を台無しにし、研究機関全体を窮地に追い込むことさえあります。
世界の規制当局は、反競争的行為を防止するため、あらゆる業界に対する監視を強化しています。これに伴い、現代の科学のあり方に決定的な影響力を持つ科学出版業界にも厳しい視線が注がれるようになりました。合併と買収を繰り返し、科学出版業界の5大勢力に成長した出版社は「科学の門番」としてかつてない強大な力を持ち、科学コミュニケーション市場を独占する勢いを見せています。この「5大出版社」は、1973年当時には全ジャーナルの約20%を保有していましたが、現在その割合は50%以上に達しています。この40年余の間に出版業界の勢力分布は大きく変化し、小規模の優秀な独立系出版社や科学コミュニケーション会社は市場から締め出されつつあるのです。
大手出版社はさらなる収益拡大を狙い、英文校正や翻訳のサービス、投稿先ジャーナルの選定などの著者サービスを手がけるようになりました。こうしたサービスは通常、出版社の系列会社や子会社が提供しています。この種のサービスを出版社が提供し、自社サイトで宣伝すること自体は別に悪いことではありません。しかし、科学の門番という立場を悪用し、査読プロセスの最中に自社の校閲・校正サービスの売り込みを行うことは、どう見ても倫理的に問題があります。査読の際、ジャーナルの編集者は、投稿された論文の研究方法や統計的処理などのさまざまな科学的な側面や、著者の研究分野への関連性などの側面を評価します。残念なことに最近は、ジャーナルの編集者やジャーナルが「委託した査読者」が、具体的な箇所を指摘することもなく、論文の英語のレベルについて「貧弱」「(出版に) ふさわしくない」「簡潔でない」といったネガティブな定型的コメントを付けることが増えました。大手出版社の中には、論文を再投稿する場合は「専門的な英文校正サービス」を利用するように促し、系列会社のサービスを露骨に勧める内容の定型文を査読コメントにカット&ペーストして送り返す会社さえあります。
論文の英語レベルを批判する行為は、その性質上、反競争的なものです。特に、非英語圏出身の著者が専門知識を持つネイティブスピーカーの校正を受けたことを証明する英文校正証明書 (ネイティブチェック証明書) を提出している場合、このような批判は不当です。今日では、こうした証明書の提出を義務付ける出版社がほとんどであり、証明書の記載内容から出版社の「競合相手」が特定できます。証明書があるにもかかわらずネイティブチェックを求める出版社は、自社のジャーナルへの論文投稿を手伝った独立系の科学コミュニケーション会社や専門の校正者の品質を批評することで、その独立系の会社や校正者に対する著者の信頼を失わせようとしているのです。大手出版社によるこうした反競争的行為は、投稿論文を修正するときや将来的に新しい論文を投稿するときに、その出版社が提供する校閲サービスや系列会社のサービスを利用するよう研究者に圧力をかける結果となります。
現在の査読プロセスにおいては、ジャーナルの編集者やジャーナルが委託した査読者が、同じ大手出版社が持つジャーナルの掲載論文を引用するよう著者に指示する「水増し引用」の問題も見逃すことはできません。特定の論文を引用するよう要求する大手出版社も存在します。このような非倫理的行為が横行するのは、論文の参考文献に同じ大手出版社が抱えているジャーナルに掲載された論文がたくさん入っていれば、ジャーナルの引用数が増加し、インパクト・ファクターが上がるように操作できるためです。著者がそのジャーナルにどうしても論文を受理して欲しい場合、ジャーナルの編集者や査読者から、ある論文を引用文献のリストに加えれば出版にふさわしい論文になると「ほのめかされ」たら、そのような指示に簡単に従ってしまうかもしれません。
学術界には、査読システムそのものに欠陥があり、それが不正の原因になっていると指摘する声もあります。上記のような査読における不正操作は、論文の投稿者である医師、科学者、研究者、エンジニアや、こうした著者を支援する小規模の独立系科学コミュニケーション会社の間では周知の事実です。ただ、査読における不正をなくすことは簡単なことではなく、科学者、編集者、独立系科学コミュニケーション会社はみな頭を悩ませています。しかし、新しい試みがないわけではありません。論文出版プラットフォームのF1000Researchではオープンピアレビューが導入されており、査読者の氏名が公開されます。オープンピアレビューには、査読者の道徳的な行為を促すというメリットがあり、査読プロセスの透明性が、現在問題になっている不正操作の抑止につながるとされています。日本と欧州連合は独占禁止法違反の調査協力に関する協定も結んでいます。欧州の規制当局は科学出版業界の反競争的行為に厳しい視線を向け始めており、日欧の協力によってこの問題を解決できるかもしれません。
査読システムで不正が横行しているからといって、市場慣行を調査することが正当化されるでしょうか。科学研究の「質」は、大手出版社の主要な株主と所有者の金銭的利害関係や社会政治的偏向の影響を益々受けているのでしょうか。科学出版業界では反競争的行為が行われているのでしょうか。欧州委員会は先日、徹底的な調査を経て、Googleに27億ドルの制裁金を科すことを発表しました。自社の検索サイトで、競合よりも自社の商品価格検索サービスが上位に表示されるように検索結果を操作したと判断されたためです。EUの裁判所に提出した抗弁で、Googleはユーザーに最善の検索結果を提供したにすぎないと主張しました。科学出版社が権力の乱用や反競争的行為の申し立てを受けた場合、Googleと同様の「抗弁」をすることが考えられます。いずれにしても、オープンピアレビューのモデルやプラットフォームが普及し始めており、科学出版業界は大きく変化しつつあります。収益の大きい科学コミュニケーション業界における偏向や出版社の中立性の問題は、ますます重視されることになるでしょう。
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*株式会社フォルテは、科学技術論文の英文校正と翻訳において30年の実績を持つ、日本を拠点とする独立系科学コミュニケーション会社です。