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- K.N., シニアトランスレーター

翻訳業界では、日英翻訳の場合、英語のネイティブスピーカーでなければ質の高い英訳は不可能であろうとの考えから、翻訳会社が「ネイティブ」の応募のみ受け付ける、あるいはクライアントが「ネイティブ」の翻訳者を指定するケースが珍しくありません。実際、能力の高い翻訳者の大半はネイティブスピーカーであり、一般的に英語を母語としない翻訳者にとって「ネイティブ」レベルの英語を使いこなし、翻訳をするのは至難の業であることは事実です。 しかし、国籍によって翻訳者を型にはめ、「ネイティブ」であることを必須条件とする、このしきたりとも言える翻訳者の選別が翻訳業界に蔓延する現状では、ある特別なバッ クグラウンドを持つ日本人層が蚊帳の外に置かれることになります。また、ネイティブにしか質の高い英訳ができないという根拠がどれだけ公平で妥当なのかという疑問も生じてきます。

今日のグローバル化社会では、多くの日本人が海外で育ち教育を受け、日本語の能力に加えてネイティブレベルの英語能力を身につけるようになっています。日本語より英語が流暢、または英語だけが流暢という日本人も少なくありません。人生のうちのかなりの時間を英語圏の国々で過ごし、2つの言語・2つの文化に完璧に通じる日本人も数多くいます。彼らの特殊な言語スキルを考えると、日本人バイリンガルは日英翻訳者として適任と思われ、また、日本人ほど日本語や日本文化に精通しているとは限らない「純粋な」英語ネイティブよりも適していると言っても過言ではないかもしれません。にもかかわらず、日英翻訳者のポジションに応募する日本人バイリンガルは、「ネイティブスピーカー」でないという理由だけで翻訳会社によって自動的にふるいにかけられ、能力を示す機会すら与えられないことも多いのです。

このような翻訳会社による拒絶を苛酷だと思われるかもしれませんが、実は翻訳会社の方が損をしているのかもしれません。日本人バイリンガルという手つかずの才能の宝庫を退け、質の高い翻訳者を確保する機会を自ら遠ざけているのは翻訳会社です。つまり、被害をこうむるのは応募する翻訳者だけでなく、翻訳会社とその提供するサービス、ひいてはクライアントにまで至り、あらゆるレベルで潜在資源が無駄にされていることになります。

「表紙で本の中身を判断するなかれ」という有名な英語のことわざがあります。翻訳においてネイティブスピーカーであることは確かに強みではあるでしょう。 しかし、良い翻訳者には言語能力、専門知識、細部への配慮、リサーチ能力、自制心などといった様々な素質が求められます。国籍は「本」の表紙にすぎず、本の実際の「中身」、つまり翻訳者としての真の素質を見極めることが重要なのです。先入観を抱かないこと、むやみにネイティブの翻訳者に限定しないことは、 翻訳会社だけでなく、クライアントにとっても有益なアプローチと言えるでしょう。


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