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- K.N., シニアトランスレーター

もうすぐ春、野球シーズンの到来に多くの日本人の胸が高鳴る季節です。年頭、日本で不動の人気を誇るイチロー選手のマイアミ・マーリンズへの移籍のニュースと共に今年も盛り上がり始めたメジャーリーグですが、マーリンズ入団記者会見の際のイチローのコメントが少なからぬ物議を醸しました。

この記者会見で、 イチローは“Please keep rooting for me wherever I’m playing.”(「どこのチームでプレーしようとも私を応援し続けて下さい」)と言ったと引用され、その発言はメジャーリーグの英語の公式サイトでも報道されました。しかし、日本語で語った彼の実際の言葉は「『新しいユニホームを着てプレーすることに決まりましたが、これからも応援よろしくお願いします』、とは僕は絶対に言いません。応援していただけるような選手であるために自分がやらなくてはいけないことを続けていく」というものでした。これは今回の会見で多々見られた通訳によるミスの一つですが、これによりイチローの発言は完全に曲解され、謙虚な名打者からのメッセージだったものが、まるで鼻持ちならないエゴイストによる応援の要求であるかのように誤って伝えられてしまったのです。

日本のテレビにおいても、このように意味がねじまげられたり失われたりする場面は、バイリンガルであれば誰もが目にすることでしょう。街頭インタビューから著名なアナウンサーに至るまで、英語圏のあらゆる人物の発言に対して間違った解釈のされた日本語字幕が流れることはしばしばあることで、新聞など他のメディアにしても決してミスが少ないとは言えません。元の言葉ではなく放送される字幕から意味を汲みとる視聴者は、実際の発言ではなく、その発言がいかに正確に訳されたかにより発言者の印象を異にする恐れがあるのです。

では今回のイチローの一件から私たちは何を学ぶべきでしょうか。まず、言語間を繋ぐ架け橋のような存在と見なされることの多い通訳ですが、実際にはコミュニケーションにおいて視聴者の見方に影響を与え得る「フィルター」としての役割を担っていることを認識しなければなりません。発言者も通訳も気付かないうちに、発言者のイメージを左右しかねない影響力を通訳が握っている事実を知っておくことです。次に、視聴者は訳された言葉を鵜呑みにしないこと、上記の例にもあるように、誤解を招く訳や誤訳の可能性もあること、また発言者の言葉を視聴者が完全に理解できるかどうかは通訳の力量にもかかっていることを念頭に置くべきでしょう。

最後に、テレビインタビューにせよ新聞記事にせよ、発言者の言葉が言語を越えて正しく訳され引用されている場合には、少なからず通訳や翻訳者がしっかり役割を果たした結果であることをぜひ心に留めておいてください。


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